
午後の授業
私は新教室のある駅近くのカフェで軽い昼食を終えたところだった。
見覚えのない男性が、不思議そうに首を捻って私を見下ろしている。
店内は混んでいて、他に席が空いてなくて、男性はトレーを持ったまま、私の前に空いた椅子を見ている。
「ここ、どうぞ」
「いいですか、すみません」
「私、もうすぐ出ますから」
ひとくち残ったコーヒーを飲み干して立ち上がりかけた私に男性がまた話しかけてくる。
「本当に、どこかでお会いしたような気がするんですが」
「人違いだと思いますよ」
甘そうなデニッシュふたつの乗った皿と、カフェオレの大きなマグカップが置かれたトレーの横に、それがあった。
パソコン関係の雑誌数冊の上に置かれているA4サイズの水色の封筒には住所氏名が記入され、切手が貼られていた。
郵便で送られてきたものだ。
宛名を見た私は、愕然とした。
なんてこと。
じゃあ、この男性が、あのときの痴漢?
どこかでお会いしたような気がするんですけど……。
そう言ったのは、本当にそんな気がするからなの?
それとも、私のヒップを撫でまわしたことをちゃんと覚えていて言ったのかしら。
私の前に座ったのも、わざとなのだとしたら……怖い。
私は逃げるようにその場を立ち去り、翌日からそのカフェで昼食を摂るのをやめた。
今度こそ、夫に話そう。
いいえ、こういうことは夫よりも、女の友人に話したほうがいいかもしれない。
まさか、警察に相談するほどのなにかが起こったわけでもないのだから、落ち着いていればなんでもないわ。
上の空で午後の授業を終えると、あのマンションの前を小走りに駆け抜けて駅から電車に乗り込んだ。
昼間は、仕事が終わったら今日子にメールか電話をしようと思っていたのに、家に帰っていつものように家事をこなしているうちに忘れてしまった。