
急いでシャワーを浴びて
それにしても、母はどこにいるのか。
それと「煙突屋」がどこかで関係しているような気がした。
女の直感みたいなものだった。
美奈代は主のいない母の部屋に向かって歩いていった。
部屋の中は、きちんと整理されていた。
ライティングデスクの上に読みかけの本が何冊か置かれているだけである。
その上の壁に掛けてあるカレンダーには何の書き込みもなかった。
美奈代はベッドの方に歩いていった。
枕元にある棚にメモパッドが置いてある。
一枚上のメモは白紙だったが、ボールペンの跡がついているようだった。
「3、・・ジ」「フ、モ、ン」美奈代はそこに書いてある文字を読み取った。
やがて、一つの考えが頭に浮かんだ。
「3時普門」、そうだ、それに違いない。
彼女は確信に近いものを感じて、部屋を忍び出て行った。
徳井聡志は、軽い頭痛を覚えて目を開けた。
もう時刻は昼前だ。
昨日は論文の研究テーマについて研究会で発表した後、院生と教授を交えて未明まで飲んだ。
やはり、少し飲み過ぎたのかも知れない。
聡志は、ベッドから起き上がると電話の着信を確かめた。
社長の美詠子から昨夜電話が入っている。
かけ直してみると、電話口に出た美詠子は聡志のかすれた声が聞き取りにくそうだった。
「もしもし、トクちゃん?あなた、この間の佐々木さんの仕事の時、茶色の小瓶を忘れなかった?」という美詠子に聡志は、
「あっ。」
と声を上げた。
聡志にだけその効果が現れるのだ。
「佐々木さんからオファーよ。
今日の午後3時、この前の普門亭で。
小瓶はそのとき返すって。」
「はい。
わかりました。」
聡志は飛び起きた。
午後3時なら、急いでシャワーを浴びて支度をしなければ間に合わない。
「クスリ」を調合し直して「仕事」の30分前に服用しなければならず、また空腹時や満腹時では効果が薄いので、何かを適当に食べる必要がある。
どうにか準備を整えて、聡志は再び「普門亭」に赴いた。
山道をうねうねと上がり、標識に従って横道に入ると、そこはもう佐々木グループの社有地である。
途中の係員詰所で名を名乗ると、自動扉が開き、さらに道が続いた。
そこを登り切ったところに「普門亭」の門があった。