
混んだカフェ
痴漢男の名前を、たびたび思い出してしまう自分に腹が立った。
思い出すのは名前だけではない。
偶然……本当に偶然なのだろうか……カフェで再会したあの男。
年齢はたぶん三十代前半だろう。
私より三つ四つ上に見えた。
『どこかで、お会いしませんでしたか?』
よく通る明朗な声で私に話しかけてきた。
屈託のない笑顔を浮かべていた男。
電車の中で私のヒップを撫で回しておいて、数ヶ月経ってから偶然をよそおって声をかけてくるなんてどういうつもり?
それとも本当に偶然だったのだろうか。
私は電車内の痴漢男の顔を見ていない。
痴漢男のほうも、私の顔を見たとは限らない。
それに、そうだわ、どうして気づかなかったのかしら、痴漢男が私のポケットに入れた名刺は自分のものとは限らないじゃないの。
どっちかと言ったら、痴漢行為をしておいて相手の女性のポケットに入れるんだから、他人の名刺を入れるほうが筋が通っている。
誰か、陥れたい相手の名刺?
後藤良平という男には、そんなふうに恨まれるような敵がいるのだろうか。
混んだカフェで相席になった男。
トレーを持って私の横に立っていた男。
濁りのない明るい声で話しかけてきた、後藤良平。
彼は、本当に痴漢ではないのだろうか。
服装はカジュアルなジャケットにノーネクタイだったっけ。
身長は、あまり高くなかった気がする。
小太り、というわけではないけど、痩せてはいなかった。
顔は?
思い出せない。