
肉食動物
オンナの感。
そう言ってしまってもいい。
あるいは、ただ、後藤良平という男に惹かれているだけなのかもしれなかった。
いやらしくなく、気持ちのよい触り方をしてきた電車の痴漢。
見つけた名刺の名前。
カフェで偶然会ったときに見た、彼の手。
思い出そうとしても思い出せない顔。
それらが、集団で私に襲いかかってくる。
とにかく、彼にもう一度会えば、なにかが始まるような予感が私を駆り立て、ここまで引っ張ってきたのだ。
「少し、待っていていただけますか」
そう言って、後藤良平は、奥のドアをノックした。
「白石君が一時間ほど遅れるそうだけど、君、残業できるかい。ああ、それならいいんだ。私が見てるから大丈夫だよ」
「すみません、お先に失礼します」
「お疲れさま」
一時間だけ、彼とふたりきりになったことがわかると私は落ち着かない気持ちになり、その分だけ逆に彼には余裕があるように見えてくる。
「お聞きのように、仕事をしながら話を伺うことになりますが、よろしいですか、西脇さん」
そう言いながら彼は私がどんな用件で訪ねてきたのか聞こうともせずに、自分の仕事について説明を始めた。
「ここにはインターネットのレンタルサーバー用のコンピュターが置いてあります。
二十四時間の監視体制というときつい仕事のように思われるかもしれませんが、トラブルが起こらなければ退屈なだけですよ。
眠気と闘うのが主な仕事になります」
さっき帰った若い男がいた部屋にはコンピューターが何台も並んでいた。
狭い部屋に大きな事務机と、灰色のコンピューターの四角い箱。
振り向いた後藤良平の顔からは、さっきまで張り付いていた紳士的な笑顔が消えていた。
代わりに浮かんでいるのは獲物を見つけた獰猛な獣の悦びの表情だった。
振り向いた後藤良平が、欲情した牡の目をして私を見た。
草原で狩りをする肉食動物に魅入られた女鹿のように、私はじっと佇んで牙が肉に食い込むのを待った。
「コンピューターには、お詳しいんですか、西脇さん?」
「え?」
瞬きをして、目の前の男の顔を見直すと、爽やかな笑顔で私をみつめている。
さっきのは、なんだったんだろう?