
退社後の女性
あっ……痴漢?
いやだわ、この路線で通うようになってからは一度もなかったのに。
タイトスカートのヒップの部分を手のひらで撫でている感触がする。
相手の指は身体に触れてない。
肉厚そうな温かい手のひらがひたすら私のヒップをさすっている。
あんまりイヤラシイ感じがしない。
独身時代によく朝の通勤ラッシュ時に遭った痴漢の触り方とは違っている。
あの頃の痴漢男は、指を曲げてお尻の割れ目に食い込ませるようにしたものだ。
お尻を触りたいのではなくて、肉のあいだに隠れた女の秘部に直接触れたいという気持ちがありありとわかる触り方だった。
だけど、今、私のヒップを撫でている痴漢はどういうつもりなのだろう。
そんな秘部にはまったく関心がないみたいに、ひたすらヒップの丸みを撫でている。
触られている私のほうも、それほどイヤでもなく、また官能を誘われるわけでもない。
淡々とした手のひらの動きに、まるでマッサージを受けているような心地よささえ覚え始めていた。
次は……○○○です。
××線にお乗換えの方は、4番5番ホームへお回りください。
ホームでお待ちのお客様は、危ないですから、黄色い線の内側に下がってお待ちください。
その駅で痴漢男が降りてしまうと、なんとなく淋しい気分になった。
結婚して三年経ったけれど、私はまだかろうじて二十代。
夫も同じ年齢。
若くもないけれど、中年にはまだ早い。
結婚後、仕事を替えた私はフラワーアレンジメントの講師をしている。
生徒のほとんどが退社後の女性会社員だから、私の仕事が終わって帰る頃は九時を過ぎている。
ときには十時、十一時になることもある。
そのくらいの時間の電車内は意外と空いている。